Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

当ホームページは[Bloody]の完全なる自己満足の世界で成り立っております。
読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story3〜

Intersection

私の店にやってくる男性客は大抵1人だ。男は隠れ家のようなものを欲しがるもの。そういう私もこの店をことさら隠れ家のような雰囲気にしようとしていた。音楽はJAZZかクラシック、照明は暗めにして木のぬくもりが伝わるような内装にした。
「だからあの雑誌に取り上げられたのかもしれないな」
思い出して独り言をつぶやいたとき、カランとドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
今日の口開けはもう15年の付き合いになる古い常連客だった。彼は元々メーカーのエンジニアだったのだが、現在は独立して自営コンサルタントをやっている。彼は根っからのビール党。私は何も聞かずに冷えたグラスに生ビールを注いだ。よほどのことがない限り彼の一杯目はビールだ。ビールの注ぎ方というのは実は難しい。最初からゆっくりと注いでしまうと泡が立ってくれないし、勢いが良すぎると泡だらけになってしまう。私は最後のきめ細かな泡をふんわりとグラスに盛り上げると、彼の前にビアグラスを置いた。彼はこれを崩さずに最初の一口を飲み干す。彼がこの店に来た時の儀式のようなものだ。

「そうそう、先日彼女が見えましたよ。我々のマドンナが」
私は彼に話しかけた。
「え?彼女が?それは懐かしいね。元気だった?」
「女性のお連れ様といらしていたのですが、相変わらずお美しかったです」
「僕も5年くらい会っていないなあ」
「私も5年ぶりくらいです。実はこの店には初めて見えたんですよ。正直、もう来ていただけないと思っていたので嬉しかったです」
「連れがいたのではなかなか話もできなかったんじゃないか?」
「いえ、それでも深い話をさせてもらいました。もちろんお連れさんが席を外している時に」
「へえ、積もる話もあったでしょう」
私は二人の想いに関するエピソードを私に語った。彼は黙って彼の話に耳を傾けていたが、話がエンディングを迎えたとき、彼はこう言った。
「そりゃあ最後にすごいオチだね。どうしても君と彼女は結ばれないということなのかな」
「そうなんですよ。よっぽど間が悪いというか・・・」 

彼はちょっと思案顔になってしばらくビールを口に運んでいた。やがて一息つくと
唐突にこう告げた
「僕は一時期彼女と付き合っていたことがあるんだよ」
彼は私が驚くと思っていたようだが、実は私はそのことを知っていた。
「知っていましたよ。いつごろからかも、いつごろ別れたのかも」
その言葉は逆に彼をびっくりさせたようだ。
「え?知っていたの?」
「はい。だからこそ私は身を引かなければならなかったわけです」
「それはなんだか悪いことをしたなあ。でも、僕と彼女もタイミング的にはよくなかったんだよね」
彼と彼女が付き合っていたとき、彼女には別居中の夫がいた。そのことを彼はタイミングと表現しているのだろう。
「僕はどこかで後ろめたさがあって彼女に真正面からぶつかっていなかった。もし違ったタイミングで出会っていたならば、彼女と私の関係ももっと違うものになっていたはずだと思う。でも、僕が付き合っていたから身を引いたの?」
「彼女にはバーテンダーという立場上告白できなかったと言いましたが、私にとってあなたは大事なお客さんであると同時に友人でもあるんですよ。その友人が好きになって付き合っている人に手を出したりしません」
これは本音だった。私の倫理観の範疇では友人の彼女に手を出すなどというのはあり得ないことだ。
「そして友人の彼女だった人がたとえ友人と別れても、その後釜に入ろうなどとは思わないです。もちろん友人と女性を取りあったことくらいはあります。でもそれで負けたら負けとして私の中ではその人への想いも終わります。タイミングが合わなかったと諦めることにします」
「じゃあ、今の彼女が君に告白してきたら?」
「女性から告白されるなら話は別です。しかし今の彼女は」
「すでに再婚しているからそんなことはない」
私の言葉を彼が引き取り、二人は目を合わせると思わず声に出して笑った。ひとしきり笑い終えると彼が言った。
「人の出会いは交差点みたいなもんだな。タイミングがちょっと狂うと出会うことなく別れてしまう。運良く出会ったとしても、進むべき方角が違うと離れて行ってしまう」
彼の言葉に私はこう返した。
「そしてバーも交差点みたいなものです。いろいろな人がやってきては去ってゆく。私はその交差点の信号機のようなものですね」
彼はちょっとグラスを掲げ、
「今日は一緒に飲もうか」
と私に微笑みかけた。

メニューへ

inserted by FC2 system