Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

当ホームページは[Bloody]の完全なる自己満足の世界で成り立っております。
読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story5〜

Who Are You

バーの営業時間中には「谷間の時間」が存在する。口開けからひとしきり混み合った後に客が一巡してノーゲストになるような時間帯。大抵は日付が変わる直前にその谷間がやってくる。その2人連れがやってきたのはそんな時間帯だった。誰もいない客室にJAZZの響き渡る店内。私は麻の布でグラスを磨く作業に没頭していた。
「やあ、久しぶり」
男性客のほうが気さくに私に声をかけた。歳は30を過ぎたくらいか?しかし、私の方は「久しぶり」と言われても一向にその客が誰だかわからず、あいまいに
「いらっしゃいませ」
と返すしかなかった。連れの女性にも見覚えはない。
彼らは私の店で「特等席」と言われている私の真正面に並んで腰かけた。そして彼はこうオーダーした。
「マスター、いつもの」
私は面食らった。この男性客は常連ではない。しかも記憶の糸を手繰ってもどうしても思い出せない。少なくとも2回この店に来た客は全員覚えている自信がある。ということはこの客は過去に1度だけ来たことがあるのだろう。私はそれでも
「かしこまりました。お客様は何になさいますか?」
と女性客のほうにオーダーを促した。彼女は小さな声で
「カンパリソーダを」
と答えた。私はまず、カンパリソーダに取り掛かった。その間、この彼に何を出すか思案していた。結局無難なところでバランタインのロックを作り、二人の前にそれぞれ置いた。彼の上着から見え隠れするシャツのポケットにタバコが見え隠れしていたので、私は「どうぞ」と灰皿を出した。彼は私の出したバランタインを口に運ぶと
「うまい」
と一言。何を飲んでいるのか理解しているのだろうか?
「良く来るの?このお店」
彼女が彼に尋ねた。
「うん、シングルモルトの美味いバーがこの街には少なくってね」
私は心の底で噴き出しそうになっていた。バランタインはブレンドだ。シングルモルトではない。「いつもの」はシングルモルトの何のつもりなのだろう。
「ふ〜ん。おしゃれなお店を知っているのね」
彼女は素直に彼の言葉を信じたようだった。確かにシングルモルトを多数置いてある店は、この街ではここしかない。私は心の中で彼女に向かってこう言っていた。「あなたのお連れ様はこのお店の常連でもなく、お飲みになっているのはバランタイン、しかも一般的な12年物ですよ」と。
私は彼らの会話になるべく加わらないように、彼らの前ではなくカウンターの奥で作業をするふりをして避けることにした。このまま常連客の顔をされていたらどう答えていいのかわからない。どうやら彼は彼女のことを口説いているらしい。そこでバーの常連客であることを見せつけようとしているのだろう。バーテンをやっているとこの手の男はよく見るタイプだ。しかしいきなり「いつもの」と言われたのは初めてだった。
「マスターお代わり」
彼は私に声をかけると席を立った。トイレか?私は彼女一人になったカウンターの真ん中に戻り、再びバランタインのロックを作って彼のいない席の前に置いた。本来、客がトイレから戻ったあとで飲み物を出すのが礼儀というものだ。しかし私の中にはちょっと意地悪な気持ちが芽生えていた。
「彼、良く来るのですか?」
唐突に彼女が質問した。ごまかすことはできるが、あの手の男にはちょっとだけ痛い目に合わせてやったほうがいい。
「いえ、申し訳ありませんが私の方は覚えていないのです。正直『いつもの』と言われた時には困りました」
私は正直に答えた。
「じゃあ、何も言わずになぜこれを?」
「バランタインのロックであればまあカッコはつきますし、味も無難です。但しシングルモルトではありませんが」
「まあ!じゃあ彼はこのお酒が何かもわからずに飲んでいるということ?」
「そうなりますね。お出ししたのはこれです。」
私はバランタイン12年のボトルをカウンターに出した。本来ならば注文された飲み物を出すときに、同時にカウンターにボトルを置くのが礼儀だ。私は今回あえてそうしなかった。ちょっとした彼への意地悪だ。
「なるほど。バーってその客の本性みたいなものがわかるわけですね。嘘で塗り固めた常連客だったということですか。ありがとうございました。」
彼女はそう言って笑った。足音が聞こえ、彼が戻ってくる気配を感じた私はボトルをしまおうとした。すると彼女が
「待って」
と私を止めた。彼女の目を見ると目配せしている。
「お帰りなさい。氷が解けかけてしまっているわよ」
彼女は彼に向かってロックグラスを勧めた。彼は小指を立てた気障な仕草でロックグラスを口に運んだ。
「うまい」
「シングルモルトが好きなの?」
「やっぱりウィスキーはシングルモルトだよ」
「バランタイン12年?」
「そう。僕のエネルギーの源さ」
「浅い男ね」
彼女は突然言い放った。彼はびっくりしたように手にグラスを持ったまま固まっていた。
「さっきからわかっていたわよ。あなたがいかに上っ面だけの人間か。ここの常連というのも嘘。シングルモルトが好きだっていうのも嘘。そのお酒がおいしいと言っているのも心の底から思っているわけではない。そんな虚飾だけで私を口説こうなんて思わないことね」
彼はあっけにとられて彼女を見つめていた。そう、ハトが豆鉄砲を食らった顔と言いうのはこんな感じだろうか?私はカウンターの内側で噴き出しそうになっていた。
「マスター、なんか言ってあげてよ〜。そんなことないよね〜」
彼は救いを求めるように私を見上げた。
「申し訳ありません。お客様は一度だけお見えになったことがあるとは思うのですが、正直私の記憶に残っておりません。『いつもの』とおっしゃったので無難にバランタインのロックをお出ししました。ちなみにバランタインはシングルモルトではございません」
彼は私をすごい形相で睨むと財布から1万円札を出し、カウンターに叩きつけるように置くと逃げるように店から出て行った。私はふぅ〜と息を吐くと彼女に顔を向けた。彼女の目が笑っていた。
「ありがとう。変な男につかまらなくて助かったわ」
「はい。私もあのようなお客様は願い下げですから」
私は素早くロンググラスのカクテルを作ると彼女の前に置いた。
「キューバ・リブレと言います。米西戦争で米軍が勝利し、その際に米軍兵士がキューバの酒であるバカルディラムをアメリカの象徴コーラで割ってキューバの自由を祝ったことで名付けられたものです。いわば勝利の酒です。今日のあなたの勝利に乾杯しましょう。お代は敗者に頂きましたし。」
彼女はロンググラスを軽く掲げるとニッコリと微笑んだ。

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