Bloody's Tea Room Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ 2018/02/18 15:32更新
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〜Story6〜
Imp
「珍しいな」 私が最初に思いついたのはこんな言葉だった。彼女は大抵グループで来店し、明るく飲んで帰ることが多い。よって会話したことはほとんどなく、名前さえも聞いていない。私が思うに、この店の最近の常連客の中では最も美人の部類に入るであろう。切れ長で二重がくっきりした目と高い鼻筋、そしてショートボブのヘアスタイルが玉子型の輪郭を覆っている。もちろんグループ客の中でも彼女は一番人気であることは容易にわかる。男たちの視線は彼女にくぎ付けだ。 私が珍しいと思ったのは、今日の彼女は1人でやってきたからだ。ちょっと疲れたような仕草でカウンターに座ると小さな声で 「ビール」 とつぶやいた。その間もスマートフォンの上で指が踊っていた。 「どうぞ」 彼女は差し出されたビアグラスを手にして口元に運ぶと一気に半分ほど飲み干して一息ついた。目はスマートフォンから離さない。 「珍しいですね。今日はお一人ですか?」 私が声をかけると彼女はようやく一瞬私の方へと顔を向けた。 「ええ、今日は1人で飲みたい気分だったので。」 「多分、私とこうやって話すのは初めてですね。」 「いつも大人数でお騒がせしてすみません。」 「いいえ、お美しい方は大歓迎ですよ。」 「まあ。ありがとう。」 「実は先日、店の前の交差点でお見かけしたんです。すれ違ったのですが、ウォーキングをされていたらしく、まっすぐに前を向いて通過されてしまったので声をかける暇がなかった。」 これは本当だった。背筋をぴんと伸ばし、トレーニングウェアを着ていた彼女は、ほとんど素顔だったにもかかわらず気高かった。だから声をかけられなかった。 「あら、すっぴんで汗だくになっているところを見られてしまったの?恥ずかしい。」 私は思った。彼女は自分が美しいことを知っている。そしてその美貌と体系を維持するのにいつも努力しているのだと。 「いやあ、昼間素顔でいてもきれいな人は綺麗です。」 しかし、彼女の指は私と話しながらもスマートフォンを駆け巡り、彼女の視線は画面から離れなかった。やがて彼女のスマートフォンの着信音が鳴り響いた。彼女はスツールに腰かけたままで着信ボタンを押して通話を始めた。 「お疲れ様。元気?何してた?そーなの?わかった。じゃあね」 電話を切るとすぐにまた着信が入った。彼女の応対を聞いていると、どうやら複数の相手にメールを送り、その相手から着信が来ているらしい。しかし大した人数から連絡が来るものだ。何となく私にはこの後の展開が読めてきた。 「うん、わかった。じゃあお店の前で待ってるから。うん。」 そう言うと彼女はスマートフォンの電源をOFFにした。 「ちょっとお店の前まで人を迎えに行ってきます。」 彼女はそういうと「からん」と音を立てて扉の向こうに消えた。1分と立たないうちに再び扉を開けた彼女の隣には一人の男性がいた。 「いらっしゃいませ」 私は彼の前にコースターを置いた。 「ジントニックを下さい。それと」 彼は自分のオーダーを済ませると彼女の方を見た。 「私は赤のグラスワインを一杯。あとちょっとつまみも頼んでいい?」 「ああ、いいよ。」 「じゃあ生ハムとチーズの盛り合わせを頂こうかな。」 私がこの時浮かんだ言葉は「小悪魔」だった。自分の財布では飲まない。しかし店にもきちんと儲けさせるように単価の高いものも注文する。そして男たちはその小悪魔の罠にまんまとはまる。彼女は自分の容姿が男を引き付けることも知っている。そしてその使い道も心得ている。 二人は結局さらに30分ほど滞在し、お互いにさらに2杯づつのカクテルを注文した。彼女がトイレに立った時に彼が私に 「お会計を」 とゴールドカードを差し出した。客単価は今日の売り上げの中で一番高かった。 彼女はトイレから戻ってくると席に座ることなく自分の荷物を手に取り、「ごちそう様でした」と私に笑いかけた。会計が済んでいることを彼女は間違いなく確信していた。 おそらく彼女の家はこの店から近いはずだ。そして彼は彼女の家には招待されないことを私は確信していた。扉の向こうに消えた二人が、店の前で左右に分かれたのを私は見逃さなかった。 私はほとんど手のついていない生ハムを片付けながら1人で苦笑いしていた。 「小悪魔は怖い」
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