Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

当ホームページは[Bloody]の完全なる自己満足の世界で成り立っております。
読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story7〜

You Are So Beautiful

ちょっとふらふらした足取りで彼女が現れたのは閉店間際の明け方だった。私は既に閉店の準備を始めていた。音楽は切り、他に客のいない店内はシーンと静まり返っていて、ドアベルの音がやけに大きく鳴り響いた。
「いらっしゃいませ。」
彼女はちょっと酔っぱらっているようだった。いつもならもっと早い時間に明るく現れるのだが、この時間に酔っぱらっているのは珍しい。
「遅いですね。アフターがあったんですか?」
私は彼女にコースターと灰皿を差し出しながら尋ねた。
「うん、ちょっと酔っぱらっちゃった。甘めの・・・カシスオレンジでも頂こうかな。」
彼女はキャバクラで働いている。キャバクラの営業は19時から2時。しかし同伴やアフターなどで労働時間は実質10時間ほどになることも多い。私は素早くカシスオレンジを作って彼女の前に差し出した。しかし彼女は手を付けようとしない。ただ自分の指先を見つめていた。
「何かあったんですか?」
彼女は働いているキャバクラの中でNo.1の指名実績を誇る。いつも明るく、毅然としていながら笑顔を絶やさない。しかしけっして美人の部類ではない。どちらかというと顔のつくりはあまり良くないほうだと思う。しかし明るさとその知識の豊かさで男たちの人気の的になっていた。
「う〜〜ん。」
彼女は私の質問に答えることなく、こう続けた。
「マスター、もう閉店しょうとしてたの?なんなら私と飲まない?」
「ええ、まあお客さんも引けたんでそろそろ閉店準備してました。ならば店の看板は消しちゃいます。一緒に飲みましょうか。」
私は看板を消し、扉の札を「CLOSED」に返すとビールを注いで彼女の隣に座った。
「考えてみればマスターと二人で飲む乗って初めてだね〜」
軽く乾杯をした後も、彼女はカシスオレンジを飲むでもなく、手の中で弄んでいた。
「私さ、本当はピアノの先生になりたかったんだよね。子供のころからピアノ習っていて取り柄と言えばそれだけだった。顔だってブスだし、スタイルがいいわけでもないし。でも音楽で食べていけるほど甘くなかったな〜。結果としてキャバ嬢やるしか食べていく方法がなかった。」
「でもNo.1になったじゃないですか。それってすごいと思いますよ。」
私は心の底からそう思っていた。彼女を見ていると今まで苦労して今まで生きてきたことがよくわかる。お客さんの趣味や趣向をしっかりと勉強して、次に来店した時にその知識を使って上手く話をする努力はなかなか他の人にはできない。事実、この店で私もお酒の知識についていろいろと彼女に聞かれ、いろいろと答えてきた。並大抵の努力ではないはずだ。
「今日ね、若い子がアフターに誘われたのよ。同じ席に私もいたから、全部で6人で店が終わってから繰り出したのね。私が付いた男性も多分その子目当て。でもその子が『1人で行くのはちょっと』っていうから、その子と私を含めて女の子が4人ついて行ったわけ。もちろんアフターだからお金はお客さん持ち。それでね、会計の段になってその男性二人がいうわけ。『何でこの子を誘ったのにお前みたいなブスがついてくるんだ』ってね。店の中で言われるんなら結構耐えられるんだけど、なんだか悔しくなっちゃって。『わかったわよ。ブスは自分でお金払いますからいいですよ。』って啖呵切って帰ってきちゃった。」
吐き出すように言ってしまって彼女はちょっと落ち着いたらしい。ようやくカシスオレンジを口に運んだ。
「自分だってわかってるわよ。ブスだって。でも人のことを守ってあげようとして自分が嫌われるのってバカみたいじゃない。」
彼女はそういうと私の方にもたれかかった。声を出さずに彼女は泣いていた。私はただ彼女の肩に手を添えることしかできなかった。今日だけはバーテンダーの立場を離れよう、と。
やがて彼女は肩に添えた私の手の上から自分の手を重ねてつぶやいた。
「ジョー・コッカーのYou are so beautiful ある?」
私は彼女の手を取ってカウンターに戻すと席を立った。CDラックの中からジョー・コッカーを選び出すとステレオにセットした。やがてスピーカーから「You are so beautiful♪」が流れ始めた。そういえば今までBGMをかけてなかったなと気づいた私は、ちょっとだけボリュームを上げた。
「次回からあなたが来たらこれをかけましょう。それが私からあなたへのメッセージです。」
彼女は泣きはらした目をしながらもいつもの笑顔を取り戻した。
私は心の底でこう思った。
「心の美しい人のほうが少ないのですよ。だから自信を持ってください。」

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