Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

当ホームページは[Bloody]の完全なる自己満足の世界で成り立っております。
読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story8〜

Sting

最初からいけ好かない客だった。その二人はかなり酔った状態で勢いよくドアを開けて店内に入ってきた。外の通りを声高に話していた声がそのまま店内に流れ込んできたという表現が適切かもしれない。二人はカウンターの正面にどんと腰を下ろすと一人がいきなりこう言った。
「兄ちゃん、焼酎ロック」
正直このような態度をとる客は来てくれなくても構わない。
「申し訳ございませんが焼酎は置いておりません」
するともう一人がこう返してきた。
「え?なんだよ。じゃあ日本酒」
二人とも私の最も嫌いな人種らしい。着ているスーツはヴェルサーチっぽいし、腕時計はロレックス、その代り体は豚のように膨張している。シャツのボタンは貝の口のように開いていて見苦しい。
「日本酒も置いておりません。うちはバーですし、店の方針で洋酒しかございません」
「使えねえ店だな。じゃあウィスキーロック」
「銘柄は何に致しましょう?」
「何でもいいよ。美味いやつ。金は持ってるんだからよ」
昔の私なら今頃とっくにこの二人の胸ぐらをつかんで放り出していただろう。私も大人になったものだ。
「かしこまりました」
私は思いっきり金を巻き上げてやるつもりで最高級のシングルモルトのボトルを取出し、ダブルで二人に出した。どうせお前たちにはこの酒の味はわかるまい。案の定、二人は味わうわけでもなく煽るようにロックグラスを傾けている。
「この前のあれは笑いが止まらなかったな」
「そうそう、アベノミクス?2日で200万だぜ」
どうも二人の会話を聞いていると、株かなんかの投資で生活しているように聞こえた。
「おい、兄ちゃん。この酒美味いな。もう一杯くれよ」
私は無言で新しいロックグラスを取出し、素早くダブルのロックを仕上げて二人の前に置いた。
「愛想ねえなあ。俺たちみたいな客を持っていると儲かるぜ。なんせ金に糸目をつけないで飲むんだからな」
一人が
私にそう言い捨てて高笑いしていた。この時私が思ったことは「ほかの客がいなくてよかった」だ。
「失礼いたしました。ちょっと考え事をしておりました。申し訳ございません」
こういう時は思いっきり慇懃無礼に振舞うに限る。不思議とこの馬鹿丁寧な話し方をすると、怒りが静まってくる。

二人は1時間ほどで3杯づつ飲み干すとようやく帰る気になったらしい。
「お愛想〜」
私の出したシングルモルトの銘柄は1杯3000円する。ダブルを3杯づつ。〆て36000円。
「36000円になります」
私はトレイに伝票を置いて慇懃に頭を下げた。
「あ〜、たった6杯で36000円だあ?ぼったくってるんじゃないのか?」
「いえ、お客様のお飲みになったこちらのボトルは最高級品です。当店ではシングルでも3000円いたします。ダブルのロックが6杯で36000円になります。失礼ながらお客様はお二人とも懐が豊かだと思いましたし、美味しいものをというリクエストを頂きましたので、お二人にふさわしい高級品をお出ししました」
二人はちょっと顔を見合わせていた。それはそうだろう。褒められているのに反論はできない。ざまを見ろとはこのことだ。
「しょうがねえなあ。じゃあカード」
二人客の一人が私にカードを渡してきた。
「申し訳ございませんが、カードですと5%のサービス料を頂いております。よろしいですか?」
「あ〜ん?なんだと?」
「この店のような小さなところではカード会社のマージンを取られてしまうと経営が成り立たないのですよ。ご了承ください」
「ふざけるな!こんな店でカード手数料取るなんて聞いたことねえぞ」
どこまでも金に汚い人種らしい。どうせキャバクラなんかでは10%のカード手数料取られてもへらへらしているくせにと思いながら、私はとことんこいつらをいじめることで憂さを晴らすことにした。
「大変申し訳ございません。ではお持ちでしたら現金でお支払いいただいた方がよろしいと思いますが」
お持ちでしたらをことさら強調して言ってやった。
「現金なんか持ち歩かねえんだよ。だからカードで払うって言ってるんだろうが」
「わかりました。ではサービス料は頂きません。初めて来ていただいたことに対する感謝ということで」
私はカードでの支払い手続きを終えるとカードを返し、サインを求めた。
「んったく気分わりいなあ。こんな店二度と来ねえ」
一人がサインしている間にもう一人が私をにらみながら突っかかってきた。私はことさら笑顔を装いながら
「気分を害されてしまったようで申し訳ないです。でも、こういうお店ですからお客様に合わなければ二度と来ていただかなくても結構です」
「なんだと?」
「お客様は大切に致しますが、私にも営業スタイルがございます。お店のスタイルとお客様のスタイルが合った時に来ていただければ結構です。お客様のスタイルに私が合わせるということはございません。ですから二度と来ていただかなくて良いと申しました。おそらくお客様たちとこのお店は永遠にスタイルが合いそうにありませんので」
私はそう言いながら深々と頭を下げた。二人は怒気を含んだ目で私を睨みつけていたが、やがて踵を返すとドアを乱暴に開けて出て行った。
二人の席を片付けると、二人に出した酒のボトルを取り出した。ショットグラスに注ぎ、一気に飲み干してみる。
「これが3000円ねえ」
ふっと笑みが漏れる。これは私がカウンターで一人酒を楽しむために用意したボトルだ。ボトルだけはボウモアの1966年を使っているが、中身は入れ替えてある。
「貧乏人には必ず棘があるってことを覚えとけ!成金野郎」
私は今日のささやかな勝利に一人で乾杯した。

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