Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

当ホームページは[Bloody]の完全なる自己満足の世界で成り立っております。
読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story11〜

Mirror of Your Mind

人の本質というものは必ず仕草や言葉に現れてくるものだ。それはどんなにその人を取り巻く環境が変わっても、大きく変化するものではない。明るい人はどんなに嫌なことがあってもやはり明るく、暗い人は暗い。面白い人は面白いし、つまらない人はやはりつまらない。

彼はいつも物静かだ。大抵の場合は日付が変わるころにやってきて、一人で静かにグラスを傾ける。私と話すことも多いのだが大笑いはせず、大騒ぎもしない。出会った当初は「あまり話しかけられたくないのかな?」と感じたこともあった。しかし今はそんなことは思わない。それはこんなエピソードがあったから。

「お客さん、いつも遅くまで飲んでいらっしゃいますが、明日のお仕事は大丈夫ですか?」
真夜中を過ぎ、もはや明け方と言ってもいい時間、店内には既に彼以外の客はいなくなっていた。寡黙に飲むのが好きなのだと思っていた私は、それまで彼に話しかけたことはなかった。バーカウンターを挟んで二人しかいない空間で、沈黙に耐えきれないように話しかけてしまったというのが本音だった。
「大丈夫です。自営で仕事をしているので、特に縛られることはないんですよ」
「そうでしたか。いえ、そろそろ夜が明けるのでちょっと心配になりまして」
「申し訳ない。閉店時間ですか?」
「いえいえ、まだまだ営業時間帯です。追い出しするわけではありません。こちらこそ申し訳ありませんでした」
「良かった。実はこの静かな空間が構想を練るには一番落ち着くんです」
「考え事をされていましたが。重ね重ね申し訳ないです。邪魔をしてしまいました」
「いえ、お気になさらずに。私もずっと考え事をしているよりも話をした方が気分転換になります」
「『構想』とおっしゃいましたね?失礼ですがお仕事は何を?」
彼はちょっとだけ目を見開くと、手持ちのバッグからごそごそと何やら取り出した。
「こんなものを作っています」
彼が私に差し出したのは1冊の文庫本だった。殺人事件を題材にした推理小説だ。
「もしかして作家でいらっしゃるのですか?」
彼は頷いた。私は渡された本の巻末プロフィールを見て驚いた。
「江戸川乱歩賞を受賞されているのですか?」
「お恥ずかしいのですが、正真正銘の作家です。江戸川乱歩賞を頂いたおかげでようやく食っていけるようになりました」
「それはすごい!私も推理小説は大好きでして、暇があれば文庫本を読んでいます。店にお客様がいないときのためにほら」
私はカウンターの下から一冊の文庫本を取り出した。最近流行の科学捜査をメインにした推理小説作家の作品だった。
「私のはこの人のほど良く書けていませんよ」
彼は微笑むとグラスを傾け、残ったスコッチを一気に飲み干した。
「これ、本屋さんで探します。ぜひ読ませていただきます」
私がそういうと彼は
「いえ、差し上げますよ。ぜひ読んでみてください。感想をお聞きしたいので」
私はお礼を言うと2つのグラスを取り出し、ゴールドラムを注いだ。
「これは本のお礼です。これからもぜひお越しください。必ず感想をお聞かせします」
「ヘミングウェイほどの作家ではありませんが、ラムは大好きです。ありがとうございます」
彼は満面の笑みでグラスを受け取り、私と乾杯した。

1週間後、彼が店に姿を見せた。
「いらっしゃいませ」
「今日は最初からラムにしましょう」
彼はいつも通りカウンターの一番右端に腰を下ろし、物静かにオーダーした。私は素早くラムのロックを作ると、彼の前に立った。
「読ませていただきました。少年法の壁に対して真摯に書かれているのが私としては新鮮でした。しかも絶望のようなものを感じさせないところが救われます」
「ほう!それは嬉しい感想ですね。少年法について書きたいだけではなく、犯罪に対する心理みたいなものや、どうしても犯罪に走らざるを得なかった背景のほうがむしろ書きたかったんですよ」
「だからハッピーエンドにはせず、悲しみの終焉もないわけですね」
「どちらかというと書きたかったのは結末ではなくて過程なんです」
「わかります。そして登場人物を不幸にしてはいけない」
「そう!」
彼は私の感想に本当に喜んでいた。その証拠にいつもよりも飲むペースがちょっとだけ早く、前回よりも饒舌だった。
「もっとドロドロした人間模様を描きたいと思ったこともあったんだけど、僕には無理かな」
会話の中で彼がぼそっとつぶやいた。
「書こうと思えばかけるんだけど、だれも救われない絶望感とか、先の見えない連載とかは僕には書けそうにない」
口をはさむべきかどうか迷ったが、彼の悩みのようなものを表情に見た私はこう言った。
「私はこの本を読んで、作者の優しさに触れた気がします。著作というのはその作者の鏡のようなものだと思っています。お客様のことをよく知っているわけではありませんが、『この本を書いたのは優しさを絶対に捨てられない人』だと思いました」
彼は少年のような顔で私を見つめてこう言った。
「優しすぎると言われたことがあります。でも過ぎたるは及ばざるがごとしとも言います。しかし私にはどうもこの性格は直せそうにない。だからずっとこの路線で行くしかないんですよ」
「無理をしているよりも、その方がずっといいものが書けると思いますよ。アクションものやグロテスクものは誰でも書けます。人には内面に必ず攻撃的なところがありますから。でも優しさを書くのは本当に優しい心を持った人しか書けないし、そっちの方がずっと難しいのではないでしょうか?」
彼はニコニコしながら私の話を聞いていた。そしてその笑顔が何よりも彼の本質を物語っていた。「どうしようもない優しさ」なんて望んでも得られるものじゃない。私は彼のためにもう一杯のラムをロックグラスに注いだ。

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