Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

当ホームページは[Bloody]の完全なる自己満足の世界で成り立っております。
読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story12〜

Remember Him Forever

忘れられない出来事というものがある。いつしか人はいなくなった人のことを忘れてしまうものだ。しかしどうしようもなく心の襞に残っている人は絶対に忘れない。そしてその共通の思い出を人はいつまでも大切にするものだ。

その日、私は菊の花をカウンターに飾った。バーに菊の花などは本来あってはならぬもの。しかし毎年この日は菊の花を飾る。
午後7時ちょうど、私の店にしては早い時間にドアベルが鳴った。この菊の花の由来を知る人も数少なくなったが、彼はいつまでもこの日を忘れない。そして今年も彼はやってきた。
「ハイボールを頂こうか」
いつもはビールから始まるオーダーがこの日だけは違うというのも毎年のことだ。そして次にこう言うはずだ。
「二つ。そしてマスターの分も」
私は言われる前からグラスを3つ用意し、ハイボールを作った。銘柄はバランタイン12年。作り終えると1つは彼に、1つは彼の隣の席に、そして最後の1つは自分で持って彼の隣の席に向かって掲げた。
「ありがとう。もう8年ほどになるかな?」
グラスを隣の席に掲げながら彼がつぶやいた。
「早いものです。もし生きていたら30歳になっていたはずですよね」

私がまだこの店を開業する前、彼は私がバーテンダーを務めるバーの常連客だった。そしてそのバーの常連客に一人の学生がいた。その学生はどちらかというと孤独を好む、ちょっと陰のある若者だった。当初は私もとっつきにくいと思ったものだ。しかし、やがて私を介して常連たちの会話に参加するようになり、お酒の知識もかなり常連客から得るようになっていた。
常連同士でも特に気があるメンバーというのはある。一回りも歳の離れた彼もその学生から見れば数少ない気の合う仲間だと言えたはずだ。彼からは社会人のいろいろなエピソードを聞いたり、進路相談に乗ってもらったりしていた。
・・・・そして8年前の今日、その学生は死んだ・・・・
そのニュースを知ったのは新聞記事だった。学生最後のドライブ旅行に友人と出かけその学生は、帰路の東名高速で渋滞最後尾についたところを後続のトラックに追突された。後部座席のその学生だけが即死した。前々日に店を訪れ、翌日からの静岡旅行について楽しそうに私と彼に話していたのに。
私も彼も葬儀に出向いた。焼香のみを済ませてそのまま弔い酒を店で飲んだ。なんでこんな若い人が亡くならなければならないのか?理不尽さだけが私たちの心を支配していた。
翌日、彼の母親が香典返しを持って店を訪れた。母親の目には悲しみはなく、むしろ無気力と言ったほうが良いような絶望の目をしていた。春からは大手企業に就職が決まっていた矢先の出来事だった。

その時から私は決めた。自分にとって、店にとって大切な人の命日には菊を飾ろうと。この日はわかってくれる人だけが来てくれればいい。知っている、覚えている人のみで酒を交わす。それが最高の供養だろう。
「今日は何人来るかな?」
「さあ、年々減っているのは間違いないです」
「でも、俺たちは絶対に忘れない」
「たとえ縁もゆかりもない人でも、知り合ったということがすごいことですからね」
「日本人1億2000万人のうち一生で何人に出会うか?出会っただけでなく酒を一緒に飲んだ奴は何人か?」
「そんな偶然、奇跡なわけですよ。だから絶対に忘れない」
弔いの言葉はいらない。彼はこのバーの中で生きている。そう、私たちの心の中に。いつまでも減ることがないハイボールのグラスには一筋の水滴が流れた。

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