Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

当ホームページは[Bloody]の完全なる自己満足の世界で成り立っております。
読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story13〜

Relax Space

「桜だ!」
ドアを開けて入ってきた若者4名連れが声を上げた。私の店で4名の客というのは団体と言ってもいい人数だ。私はカウンターではなく、テーブルの席に案内した。既にかなり飲んでいるらしく、その団体客はかなりうるさかった。まあ、私の店では1次会から飲むような客はほとんどいないので慣れたものではあるが・・。
この日に限って珍しくカウンターに客がいなかった。大抵カウンターから埋まり、テーブル席は終日空席という日も珍しくないのだが、今日は一人客がほとんど街に繰り出していないようだ。月末の金曜日、会社の飲み会が多いのだろう。この4名客もいかにも会社の飲み会帰りといった様相だ。社内の話題で盛り上がっているのだろう。時折聞こえる嬌声は、音楽を消してしまいそうな勢いだ。私は曲調が静かなジャズのピアノソロにCDを換え、ちょっと音楽のボリュームを絞った。ことさら静かな空間にすることで、客に「うるさい」と訴えるのは私のよくやる手だ。

しばらくして4名客のうち一人の女性がカウンターに腰を下ろした。
「うるさくしてすみません。」
私はグラスを磨く手を止めて、彼女へ目を向けた。20代半ばだろうか?まだ大人というにはあどけなさが残る顔だちをしている。
「いえ、他にお客様もいらっしゃらないですし。」
「嘘!わざと音楽を静かにして私たちに『静かにしろ』と訴えたくせに。」
私は改めて彼女を見つめた。思ったよりも歳を重ねているのかもしれない。酔って絡んでいるようには見えなかった。
「そんなことはありませんよ。夜も更けてきたので雰囲気を落ち着いた曲に換えただけです。」
「大人の店ってわけね。」
「そういうわけではないのですが、なんとなく『落ち着いた空間の演出』を心がけています。」
「だから季節に合わせて桜かぁ。」
「その辺はこだわりますね。季節に合わせて花を換えたり、時間に合わせて明るさを換えたりします。」
「それはお客さんのため?」
「いえ、自分のためですね。バーなんてものは自己満足がなければやっていけません。」
「自分が一番落ち着く空間にしたいっていうこと?」
「まあ、そうですね。自分が好きな空間を作って、そこに来ていただけるお客様がいるならありがたいということです。」
「じゃあ私たちみたいなうるさい客は雰囲気に合わないわね。」
「いえ、お客様ですからそんなことは思いませんが、お客様が居心地が悪いとおっしゃるならば別のお店の方がよろしいかと思います。」
その時、「カラン」とドアベルが鳴り、一人の男性客が入ってきた。そのままカウンターへと進んでくる。私の店の古くからの常連客だ。彼が来たのを潮時に彼女は会計を頼むとカウンターを立ってテーブルへと戻って行った。店を出てゆくときに彼女はもう一度私の方をちらりと見た。

1週間後、彼女は1人でやってきた。店に入った彼女はカウンターに来る前に、ドア横の桜の木の前で腰をかがめて花をじっと見つめていた。やがてカウンターに腰を下ろすと
「あの桜、生花なんですね。前に来たときは気づきませんでした。」
「もう葉っぱが出てきてしまっているでしょう。明日には引き取ってもらうんです。」
「生花を使っているのも自己満足?」
「まあ、そうですね。だってこんなバーの中で桜の生花が見られるというのはちょっとした驚きですし。」
「驚くお客さんの顔を見て喜んでいるんだ。」
「ちょっと違いますね。まずは私がこの空間にいて嬉しい。次にお客さんが喜んでくれて嬉しい。最後にそれがきっかけでお知り合いに慣れて嬉しい。」
「私、この空間が好きになりそうだな。」
「ありがとうございます。」
「私、こう見えても30過ぎなんですよ。この童顔のおかげでずっと子供に見られて・・・。でもここの空間ならば年相応の女を楽しめそうな気がする。」
私はその時初めて前回よりもちょっとだけ赤いルージュときりっと書かれたアイラインに気が付いた。
「今後ともよろしくお願いします。ところでご注文は?」

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