Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

当ホームページは[Bloody]の完全なる自己満足の世界で成り立っております。
読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story14〜

Madam

正直、私は年配の奥様の一人客というのは苦手だ。バーテンダーをホストクラブのホストと間違えているかのような振る舞いをする客も多い。最も嫌いなのは旦那の愚痴を延々と話しまくるような客だ。そう言う話のときには私は口を挟まずにずっと相槌を打つのみにとどめている。下手に会話してしまうと火に油を注いでしまうからだ。でも、中にはとても上品なMadamもいる。

その日は早い時間から男性客が1人カウンターに座っていた。まだ20代の彼は私の店の常連客の中では最も若い部類に入る。もちろん懐が豊かなわけではないので、数杯のカクテルで席を立つことが多い。しかしその日は私と恋愛談義をしていたためか、いつになく長居をしていた。そんな状況の中にMadamは訪れた。
「こんばんは。お久しぶりです。ちょっと声が聴きたくなって来ちゃった。」
私が勝手にMadamと名付けているこの女性は、おそらく歳は50代半ば。それなのに見た目の印象は40代前半と言っても通用する。特に美人ではないのだが、表情と目がなんとなく人を引き付ける魅力を持っている。
「ご無沙汰しています。今日はまだ飲んでいないのですか?」
「うん。今日は今までちょっと立て込んでいて遅くなっちゃったけどまだ飲んでない。フローズンダイキリをお願い」
私は素早くグラスとミキサーを準備し、フローズンダイキリに取り掛かった。私はカクテルを作る間は話をしない。カウンターの二人もそれがよくわかっている。だから二人は私には話しかけてこなかった。
「ご無沙汰・・ね。前にもあったことありますよね?」
だから、Madamは若い彼に対して話しかけた。彼とMadamは・・・そう、会うのは3度目ほどのはずだ。
「はい。ご無沙汰してます。」
「仕事は順調でいらっしゃるの?」
彼はちょっとびっくりしたように
「ええ。でも良く覚えていらっしゃいますね。」
「確か広告代理店にお勤めよね?前に海外の世界遺産のお話をされていたのを覚えていたから。」
「はい。確かに。数度しかお目にかかっていないのに覚えていた頂いて光栄です。」
彼はちょっとおどけたようにMadamに答えた。
私は出来上がったフローズンダイキリをMadamの前に置いた。
「では、再会に乾杯ね。」
Madamはちょっとグラスを掲げると、彼と私を交互に見た。
「ところでその彼女とは?」
私はMadamがやってきたことで中断していた彼との話に戻した。それまで彼は付き合いかけている女性の話をしていた。映画を見に行ったり、食事したりといういい関係であるのだが、そこから先に踏み出せずにいるらしい。彼にとって私は兄貴のような存在で、かなり突っ込んだことまで相談してくる間柄だ。
「一度旅行に誘ってみようと思うんですよ。でもなかなか言い出せなくって。断られたら凹むじゃないですか。」
「でも、当たって砕けないと先に進めないよ。」
私がそう答えるとMadamが静かにこう言った。
「恋愛なんて燃え上がっているその時に行動しないと後で後悔するわよ。この蝋燭みたいにいつかは燃え尽きてしまうものだから。燃え尽きるまでの時間は限られているのよ。だから行動するなら今!行動した結果火が消えてしまったとしたら、逆風が強すぎたっていうだけのことじゃないかしら。」
彼は言葉をかみしめるように蝋燭の火を見つめていたが、
「そうですね。悩んでいても先に進めないし、まずは行動あるのみかな。」
とぼそっとつぶやいた。
「旅行に誘うなら女性の好む温泉宿とかテーマパークのあるところがお勧めよ。そこで何かサプライズを用意しておくの。お金じゃなくって気持ちで訴えられるもの。女性は予想外のものに弱いから。」
Madamが彼を見つめながらそうささやいた。彼は顔を上げると、
「はい、頑張ってみます!ありがとうございました!マスター、会計をお願いします。これから帰って調べてみます。」

彼が帰った後、静かな店内でMadamがつぶやいた。
「いいなあ、若いって。」
私はMadamの前に2杯目のフローズンダイキリを置くと
「お客様も十分に若いじゃないですか?」
とつぶやいた。
「ここに来るとね、大抵は私よりも若い人がいるじゃない。あなたもそうだけど。私はそういう人たちの話を聞いているのが好きなのよ。何となく自分が若返った気になれる。独身気分に戻れるの。かといって今の生活に不満はないし、主人にも何も文句はない。ただちょっとだけ日常を離れてみたいのよ。夢見ているのね。」
「でも、なかなかできることではないですよ。さっきみたいな若い人へのアドバイスは。」
「そんなことない。誰もが経験してくることだから。」
「でも・・・」
私の言葉を引き取るようにMadamは締めくくった。
「自分がその人の気持ちになって話さないと若い人には共感されない。」
Madamは一気にフローズンダイキリを飲み干すと会計を済ませて席を立った。
「私にとって独身時代へのタイムスリップね、このお店は」
そう言って去ってゆくMadamの後ろ姿は背筋がピンと立って凛々しく思えた。

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